近年、臓器移植を待つ患者さんの数は増加の一途をたどる一方で、ドナーの数は限られており、慢性的な「臓器不足」に医療界は直面しています。そんな中、異なる動物種からの臓器移植、いわゆる異種移植(xenotransplantation)が、現実的な治療手段として脚光を浴び始めています。

ナショナルジオグラフィック2025年6月号では、特集記事「This Pig Could Save Your Life(ブタがあなたの命を救うかもしれない)」が掲載され、遺伝子編集されたブタの臓器が、いかにして人間の命を救う医療技術になりつつあるのかを詳細に紹介しています。とても興味深い内容でしたので、ジャーナル紹介をしたいと思います。

遺伝子編集されたブタの臓器が“ヒト仕様”に

この記事の中核となるのが、バイオテクノロジー企業eGenesis社の取り組みです。同社は、「CRISPR-Cas9」と呼ばれる遺伝子編集技術を用いて、ブタの臓器を人間の体に適合させる開発を進めています。

具体的には、ブタ遺伝子の69カ所を編集します。うち62カ所は削除で、7カ所はヒトの遺伝子の挿入です。

下記は、削除遺伝子の例です。上記3つは、移植した臓器に対する拒絶反応を防ぐためです。4つ目は、おそらく数百万年前にブタの染色体に組み込まれたもので、ほとんどはウィルスの遺伝子の一部でしかないのですが、あるものは試験管内で培養したヒトの細胞に感染することが分かったためです。

  • 人間の免疫が強く反応する「α-gal」という糖鎖抗原を作る遺伝子
  • 人が合成できない「酸」を作る遺伝子
  • 人の免疫系が即座に攻撃する抗原を細胞表面に作る遺伝子
  • ブタ内在性レトロウィルスの遺伝子

これにより、「拒絶されにくいブタの腎臓」を作り出すことに成功しているのです。

臨床応用が始まっている!腎臓移植の症例

実例紹介:

2024年、米国のマサチューセッツ総合病院は、末期腎不全患者さんに対してeGenesis製ブタ腎臓の移植を実施しました。この症例は、臨床応用として初の試みとなりました。
この腎臓は移植後、正常な尿生化、血清クレアチニンの改善を示し、拒絶反応もなく経過しています。

なぜ、ブタなのか

異種移植にブタが用いられる理由は、1.感染症リスクが低いこと、2.臓器サイズが人間に近いこと、3.遺伝子編集が進んでいること、4.生育が早く多産であること、5.社会的・倫理的に受け入れやすいなどがあり、古くから試みがありました。

1960年代の異種移植研究ではチンパンジーが対象でした。霊長類はヒトに近い遺伝子構造をしている一方で、感染症のリスクや倫理的な問題もありました。ブタの皮膚は、熱傷治療において一次的な処置として利用されており、1980年代になるとブタ臓器の可能性が注目され始めました。2000年代に入って遺伝子編集技術が加速し、臨床応用が実現したわけです。

米国FDA(Food and Drug Administration)の公式サイトの“Xenotransplantation”のページには、“Pigs are the donor of choice for xenotransplantation products.”「異種移植製品の提供源として、ブタが推奨されるドナーである」と記載されています。

また、WHOのグローバルコンセンサス文書(Changsha Communiqué)では、“The potential risks associated with xenotransplantation … have been carefully studied … the pig selected as the most suitable potential source of organs.”
ー「異種移植に伴う潜在的リスクは…十分検討されており…臓器の供給源としてブタが最も適した候補に選ばれている」といっています。

これらのことからも、異種移植にブタが用いられることは、世界のスタンダードなのだろうと思います。

今後の展望

今後研究が進み、そう遠くない未来には、多臓器(心臓・肝臓・膵臓など)が移植できるようになっていくだろうと思います。並行して、免疫寛容誘導に向けた技術革新も進むだろうと思います。そして、定常的な「バイオ臓器供給体制」の確立ができるような時代になるのではないか?と思います。そうなれば、臓器不足の根本的解消へつながるだろうと思います。

先日の6月21日に、患者さん本人の細胞から、iPS細胞を低コストで製造するという研究施設の開所ニュースがありました。京都大学の山中伸弥教授が開発したiPS細胞も、将来的には臓器移植に貢献するものと期待しています。また、腎臓再生の研究に挑戦している、東京慈恵会医科大学の横尾隆教授の成果にも期待しています。

参考文献

ナショナルジオグラフィック 2025年6月号 ブタがあなたの命を救う日

この記事を書いた人

メティス訪問看護ステーション

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