今日は、最近の論文の中でも特に衝撃を受けた医学研究をご紹介します。
母体環境と脂肪組織の関係
寒い時期に受精して生まれた人は、暖かい時期に受精して生まれた人と比較して、熱を産生する褐色脂肪が活性化していてエネルギー消費量が高く、成人後に肥満が起こりにくいことが分かりました。受精時期の外気温と日内寒暖差が褐色脂肪の活性や密度を決めているということです。これは親世代の生活環境の影響が子に伝わり、熱産生体質の獲得と生活習慣病の予防に働くことを示した研究成果といえます。
褐色脂肪は、本来寒い環境下で熱を産生することで体温を維持する脂肪組織で、エネルギーを貯蔵する白色脂肪とは異なります。この熱産生には多量のエネルギーが使われ、体脂肪の減少につながることから、褐色脂肪の活性が高い人ほど肥満が起こりにくく、糖尿病や冠動脈疾患のリスクが低いことがこれまでに明らかにされています。今回の研究成果を発展させることで、褐色脂肪の活性化による肥満リスクの低下、すなわち生活習慣病の予防が期待されます。
この成果は、東北大学大学院医学系研究科分子代謝生理学分野の米代武司准教授を筆頭に北海道大学、東京医科大学、天使大学、東京大学による共同研究で、日本国内で実施されたものです。
出典;Yoneshiro-T et al. Pre-fertilization-origin preservation of brown fat-mediated energy expenditure in humans. Nature metabolism 2025, 7: 778-791
適応能力のバタフライエフェクト
なお、外的要因の親への影響が子供に遺伝するということは、一例として2011年に理化学研究所の研究グループによって、親の受けたストレスが、DNA配列の変化を伴わずエピジェネティクに、子供に遺伝するメカニズムの解明として報告されています。
エピジェネティクとは、DNA配列によって決定される遺伝現象とは対照的に、DNA配列やそれが巻き付いているヒストンというタンパク質への後天的な化学修飾により制御される遺伝現象をいいますが、このヒストンのメチル化などの化学修飾が細胞分裂を超えて維持され、時には次世代に遺伝することが示されていました。
理研のグループの発見は、通常はヒストンをメチル化することでDNA配列からの転写を抑制している因子をショウジョウバエで見つけ、熱ショックや浸透圧によるストレスがその転写因子を活性化させ、ヒストンを脱メチル化することで転写が誘導されることを示し、その状態が子供に遺伝することを突き止めた、というものです。
外的要因のストレスによってエピゲノム(DNAやヒストンが化学修飾されたゲノム)状態が変化し、それが遺伝するということです。さらに、親の受けたこのストレスの影響は子供にだけ遺伝し、孫には遺伝しないのですが、二世代にわたってストレスを受けると、その影響は子供だけでなく孫にも伝わり、その影響はストレスがなくなっても、その後何世代にも遺伝する可能性があることが分かりました。
気候の変化は母体の生理機能を変化させ、胎児の生理機能に影響し、生まれた子どもが成長し次世代へ影響を及ぼすことが生じるならば、このような流れが集団全体の遺伝的傾向にまで発展しそうです。このような生理的適応能力のバタフライエフェクトは、進化の1つの要因になるといえるのではないかと思います。
出典;Seong-KH et al. Inheritance of stress-induced, ATF-2-dependent epigenetic change. Cell 2011, 145(7): 1049-1061